本震ではマグニチュード7.3、震度7、体に感じる震度1以上の地震は1500回を超している熊本地震。
熊本県保険医協会の会長は、職員自身も被害にあい、通常業務もままならない。管内には地震発生から二週間経過した時点でも、各々の場所に避難者が散らばり把握しきれない数の車中泊の方がいると疲れたように話した。今後、被災した医療機関が復興して地域医療を担っていくという大前提のもと、他府県の医療関係者がそれをどう支援していけるのかを議論した。
地震発生直後から現在までの支援、市民の反応、そして、これからも変わらず長く続けていかないといけない援助の今後への反省点を、詳細な資料とともに担当者から聞いた。行政として、公の組織という縛りのある中での援助は、組織であるがゆえの臨機応変に対応できない担当者のジレンマと迅速な対応を求める被災者との確執が浮き彫りにされた。また、ここでは担当者自信が支援者自身が被災者であり、自分を奮い立たせるかのように話される中に、自身も受けているであろう大きなストレスが感じられた。
今回の地震で一番被害の大きかった益城町では、倒壊した家屋があちらこちらにあった。 一見しただけでは何処に不具合があるのか分からない建物に関しても、よく見ると『危険』であることを示す赤い貼り紙が貼られてある家も多かった。道路は隆起し、ぱっくりと割れ目が続き、自然の大きな力が容赦なく加わった跡がある。 神戸市から災害派遣で来たゴミ収集車は木屑の山などの収集に奔走していた。また、余震に怯えながら、落ち着かない様子で片付けに追われながらも近所の方と声を掛け合う地域の住民がいた。
益城町最大の避難所『総合体育館』では、ダンボールのベッドで辛うじて自分のスペースを確保。目隠しさえない体育館で多くの避難者が喧騒の中で、コミュニケーションをとることもなく疲れたような様子を見せていた。高齢者の女性に、「疲れたまってないですか?」と声をかけたところ「慣れたよ。」との言葉が返ってきた。疲れているであろう本音を隠している気がした。
今回の訪問で、ハード面、メンタル面、全てにおいての継続的で、被災者の方の心に寄り添いつつ、それぞれの役割で自立していける継続的な支援が必要だと改めて感じた。
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