2016年8月25日木曜日

「熊本震災から4か月〜被災地の医療−生活の課題」

「熊本震災から4か月〜被災地の医療−生活の課題」
復興へつながり活かそう
熊本の医師・歯科医師ら4人が報告

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会場からも被災地を訪問した経験など活発な意見が出された
 甚大な被害を及ぼした熊本地震から4カ月、被災地の人々が抱える医療・生活の課題とは−−。協会は8月6日、第25回日常診療経験交流会(10月30日、神戸市産業振興センター)プレ企画として「熊本震災から4か月〜被災地の医療−生活の課題」を県農業会館で開催。現地の医師、歯科医師ら4人が、発災直後の状況や医療的課題などについて報告し、95人が聞き入った。

 兵庫協会は4月の熊本地震の直後から、役員・事務局が地元協会や被災医療機関のお見舞い、被害状況の確認を行うなど、訪問を重ねてきた。本企画は、これらの経験から、地震直後や現在の生活と医療の課題を共有し、今後全国・各地域で連携を広げていこうと、熊本協会と保団連の協力を受け、開催したもの。
 熊本市東区にある本庄内科病院の本庄弘次院長(熊本協会常任理事)は、地震により病院のスプリンクラーが誤作動し全館が水浸しになるなど、大きな被害を受けた。スタッフの安否確認も難しく、待合室には近所の住民が避難している中、病院としての機能発揮が求められ、一時デイケアを休止するなどの対応で診療を継続、入院機能も保持することができたと、振り返った。そして、医療機関の復興のため、院内に復興対策委員会をすばやく立ち上げ、問題や改善点を共有する体制をつくった経験から、職員の不安解消をはかり、各職場の復興計画は職員自身が考えていくことが大事だとした。また、保団連・協会の迅速な訪問、募金に、感謝の言葉を述べた。
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被災経験を語る(左上から時計回りに)本庄弘次先生、山口彩子先生、ディヌーシャ・ランブクピティヤ氏、村本奈穂氏
 歯科医師の山口彩子先生(菊陽町・菊陽病院)は、災害時の歯ブラシの効果として、誤嚥性肺炎、歯周病・虫歯予防に加え、日常的な動作を行うことで平常心を取り戻す効果もあるのではとの考えを示し、橋やトンネルなどが崩落し、交通が遮断された南阿蘇村で、医療チームとともに、避難所、介護施設を訪問した経験を語った。
 南阿蘇村の村本奈穂氏(歯科衛生士・介護老人保健施設リハセンターひばり)は、誤嚥性肺炎を防ぐことが歯科衛生士である自身の役割であると考え、避難所や介護施設を回ったことを紹介し、被災者に対する口腔ケアでは、住民の方の話を傾聴し、共感することが大切だと述べた。
 スリランカ出身のディヌーシャ・ランブクピティヤ氏(崇城大学専任教員、比較社会文化)は、4月に熊本へ引っ越した直後に地震に遭い、家族とともに小学校に避難し、長期にわたり車中泊を続けていた。避難所で外国人として孤立感や不安を感じたこと、声を掛け合い、互いに助け合うことの大切さを感じ、避難所でスリランカカレーを作って配り、励まし合った経験などを語った。

〝人災は防げる〟杉山保団連理事が発言
 ゲスト・コメンテーターとして、被災直後から何度も被災地を訪れている杉山正隆保団連理事(福岡歯科協会副会長)が発言。地震は天災だが人災でもあり、熊本地震では行政などが「初めて」だからと対応が不十分だったなどと発言しており、これまでの阪神・淡路や東日本大震災の経験があまり活かせていないと指摘。そして、震災の経験をつなぎ、保団連も国に被災者支援を求めていくと語った。
 JMAT兵庫に歯科医師として初めて参加した、足立了平兵庫協会理事(神戸常盤大学短期大学部口腔保健学科教授)が特別発言し、阪神・淡路大震災で誤嚥性肺炎が蔓延し、震災関連死を生んでしまった反省から、災害時の口腔ケアの重要性を知らせていくことをライフワークとしているとして、災害は努力で軽減できると強調した。 

2016年8月5日金曜日

特別インタビュー 熊本地震から4カ月

特別インタビュー
熊本地震から4カ月−− 被災者の健康 口から守る

熊本市中央区役所課長補佐 吉良 直子先生

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【きら なおこ】1954年北九州市生まれ。81年九州歯科大学卒業、83年熊本市役所入庁。食べることの支援をライフワークとしている。熊本県保険医協会理事
4月中旬に起きた熊本地震からまもなく4カ月。被災地の今とこれからの課題とは−−。被災直後から、行政の立場で避難所設置や運営などに関わり、被災者をめぐるさまざまな課題と向き合ってきた、歯科医師の吉良直子先生(熊本市中央区役所保健子ども課課長補佐・熊本協会理事)を加藤擁一副理事長が訪ね、お話を伺った。

課題多かった避難所の運営
加藤 大変お忙しいところありがとうございます。地震から20日ほど経った5月初旬にこちらを訪問して以来ですね。発災から3カ月が過ぎ、行政の立場から見て、状況はいかがでしょうか。
 吉良 落ち着いてきた一方、これからのステップに向け、新しい課題が出てきています。
 発災から振り返ると、4月14日の前震から、16日の本震までの3日間、ライフラインは断絶し、皆がパニックに陥り、市が開設した避難所でも問題が頻発しました。仮設トイレに紙を流しつまる。和式トイレしかなく、高齢者や身体の不自由な人が「使いづらい」と水分を控えて体調が崩れ、持病が悪化する。医療機関の体制やアレルギーへの対応、物資の提供など、反省点が数え切れないほどあります。
 その後の1週間、ライフラインが復旧しコンビニも再開、物資が余るようになりましたが、肺炎や感染症、エコノミークラス症候群が出てくるなど、急性期の課題が目立ちました。
 口腔内については、睡眠不足や唾液の減少によると思われる口内炎が多発し、被災前から必要だった歯科治療のニーズも顕在化しました。また、避難所での性暴力が増えたのもこの時期です。
 1カ月が過ぎるころから、保育園・幼稚園、健診を再開してほしいなど、課題の中心が生活支援になってきて、いま避難所の収束が大きな課題になっています。
 加藤 甚大な被害のなか、ご苦労が本当に多かったことと思います。震災後に出てくる課題は、阪神・淡路と共通の部分が多くあると感じます。5月にお会いしたとき、実は先生ががんばりすぎて倒れてしまうのではないかと心配でした。
 吉良 地震からしばらくは徹夜しても全く眠くならず、気を張っていて疲労に気づいていない状態でした。兵庫の先生方が来てくださり、阪神・淡路大震災時の経験・ご意見を聞け、力を抜くことができましたし、保険医協会のつながりの強さを感じました。本当にありがたかったです。
 加藤 災害時の口腔ケアが、被災者の健康維持に非常に重要だと、阪神・淡路大震災以来、言われるようになりましたが、歯科医師の立場から見られて、今回の地震後の対応はいかがでしたか。
 吉良 医療チームのなかで、口腔機能の低下が命に関わるという意識がなかなか浸透していなかったと感じました。検査項目に歯科に関わる項目を入れておくなどの対応が必要だったのではと考えています。
 加藤 医科・歯科の連携が大切になってきますね。
 吉良 保険医協会ではいつも強調されていますが、本当に重要だと実感しました。

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聞き手 加藤 擁一副理事長
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「ベロタッチ」を知らせるために作成されたチラシやDVD(制作:「くまもと歯っぴーかむカムひごまる協議会」)
「ベロタッチ」で元気出た
吉良 私自身は災害医療の健診票や記録票などを用意しシミュレーションしていたつもりですが、いざ現場に立つと全然違いましたね。最初、避難所で「口の中は大丈夫ですか?」と聞いても「大丈夫です」と言われ、口の中を見せてもらうことがなかなかできず、歯ブラシを配るくらいしかできませんでした。福岡歯科協会の杉山正隆副会長に「寄り添って、話を聞きニーズを取り上げることが大切」と教えていただいたことが転機になり、少しずつ口を開けてくれるようになりました。
 今は災害時の口腔ケアの大切さについて、住民の方に話し、歯科医院にかかってもらえるような機会を作ろうとしています。熊本の地元紙である熊本日日新聞が応援してくれ、私が力を入れている「ベロタッチ」を特集してくれました。
 加藤 先日初めてうかがって、非常に興味を持ちました。
 吉良 歯磨きのついでに簡単にできる健康法として紹介しているもので、舌の先端と3分の1より前の両側を2〜4回、歯ブラシでやさしくタッチするんです。
 加藤 私も試してみましたが、じわーと唾液が出てきますね。
 吉良 もともと、私が発達支援室にいたときに、子どもが食べない、話さないというお母さん方の悩みに何かできないかと考え、生まれたもので、市民団体を中心に、冊子やDVDを作成するなどして普及を進めていたものです(右図)。
 舌を刺激すれば脳の血流量が増えますが、これまで治療や機能訓練で触ることは少なく、熊本大学の発達小児科の先生に効果がある可能性があると言われ、患者さんに試していただいています。九州歯科大学の柿木保明教授や福岡歯科大学の尾崎正雄教授にも効果を調べていただいています。
 「う蝕治療の際に嘔吐反射がなくなった」「舌が動くようになった」などの声を聞いています。2013年からは水俣市の1歳、3歳児健診で導入されています。
 加藤 舌はもともと感覚器として鋭いですからね。
 吉良 そうなんです。実際、避難所で「眠れない」と言っておられた方の口腔内を見せていただくと、口腔乾燥で、口腔マッサージやベロタッチを紹介したところ、「唾が出るようになり、眠れるようになった」と喜んでいただいたケースがありました。
 それと、動かないためにサルコペニア(筋肉量の減少)になってしまっている方が多く、運動の必要があるということで、私たちが考えた「ベロタッチ体操」もすすめています。
 加藤 大事な予防活動ですね。
 吉良 地震直後、自分は何の役にも立たなかったと思っていたのですが、地域で今、住民の方とお話していて「この話を持って帰ったら皆元気になるわー」と言ってもらって、やっと自分の果たすべき役割が分かってきたように思います。
 加藤 先生が、震災前から築いてこられた住民の方々との関係が生きてくるのだと思いますよ。
 今回の熊本地震で、先生の役割は非常に大きいと思います。開業医は開業医として、先生は行政として、それぞれがんばられたら相乗効果を発揮するんじゃないかと思います。
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災害時の口腔ケアの大切さや今後の課題など話題が尽きなかった
窓口負担免除続けてほしい
加藤 3カ月経っても、いまだに県下で約5千人、熊本市内で千人弱が避難所で暮らしているんですね。
 吉良 ええ。熊本市内では、多くの方が自宅に戻られる中で、残った方の生活支援をどうするかが課題になっています。避難生活は一時的なものであり、決して長期化すべきものではありません。アルコール依存症や栄養の偏りなどの問題が出てきてしまいます。どうすべきか、職員も知恵を絞っているところです。
 加藤 一人ひとりのプライバシーを確保できる仮設住宅の整備が求められますね。
 吉良 ええ。家が全壊してしまった方たちの不安は非常に大きく、心配です。また、熊本は地震の被害がないということで、大企業を誘致していた面がありますから、地域経済も、今後どうなるか不透明です。
 加藤 先日、保団連の代議員会で、岩手協会会長の南部淑文先生が震災復興・生活再建は「医・職・住」と言っておられました。医療と職業と住宅が大事な点だと。震災では、社会的弱者が復興から取り残されてしまいます。私たちは、医療の面で役割を果たしていかないと、と思います。
 吉良 その通りですね。これから、アルコール依存症やうつ病による自殺などの震災関連死が問題になってくるでしょう。医療費の窓口負担免除措置も、長く続けていただけないかと思います。家も職業もないときには、負担が気になって医療機関にかかれないでしょう。
 加藤 東日本大震災の後、地元の協会の先生方が中心になり、免除措置継続を求めて運動をずっと続け、一部とはいえ制度を継続させています。震災復興は長期戦です。兵庫県でも、阪神・淡路大震災は21年経ちますが、借金問題や借り上げ復興住宅からの追い出し問題など、震災はまだまだ終わっていません。
 熊本の先生たちとともに、息長くがんばっていけたらと思います。本日はありがとうございました。